明治17年 鉄道ニュース

日本鉄道【駅新設】赤羽、桶川、吹上 3/1
日本鉄道【駅新設】大宮 3/16
北陸線【延伸開業】柳ヶ瀬〜洞道西口(仮)間(2M29C54L≒3.81km)4/16
  • 【駅廃止】洞道西口(仮)、麻生口
  • 柳ヶ瀬トンネル完成し長浜〜金ヶ崎(現敦賀港)間全通 3往復2時間36分
  • 長浜〜敦賀間の鉄道が開通。琵琶湖の連絡船を経由して、京都・大阪とつながる
日本鉄道【延伸開業】新町〜高崎 5/1
【新駅開業】高崎
鉄道破壊演習 5/7
教導團工兵隊及び東京鎮守府歩兵900名により、午後3時半から6時ころまで鉄道破壊演習を実施
東海道本線 【延伸開業】大垣〜関ヶ原間(8M35C32L≒13.59km)5/25
  1. 【新駅開業】大垣、垂井
  2. 春照(現在廃止)経由開通(現在のルートとは異なります。) 
大潮汽船会社、連絡切符発売 大津〜長浜間 5/
大阪堺間鉄道設立  6/16
難波〜堺間に敷設免許
日本鉄道が高崎まで延長され、上野駅で開通式 6/25
上野駅に、電灯照明を設置

官営幌内鉄道【新駅開業】岩見沢 岩見沢フラグステーション廃止 8/15
日本鉄道【延伸開業・全通】高崎〜前橋 【新駅開業】前橋 8/20

日本鉄道【旅客営業開始】川口 9/23
日本鉄道【旅客営業廃止】川口 10/6
大阪堺間鉄道【社名変更】阪堺鉄道 11/22

阪堺鉄道会社設立 12/14
政府御用商人の田中長兵衛と、その娘婿であった横山久太郎が鉱山再興に着手
釜石鉱山馬車鉄道(釜石町〜甲子村間、軌間762mm)が岩手県下初の民営鉄道として開業
茅沼鉱山が民間に払い下げ

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鉄道関連事件、事故 明治17年


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世相 明治17年

大阪鎮台兵数百人が、松島遊郭で巡査と乱闘に及び、9人が死傷する 1/3
官吏恩給令が交付され、恩給局が設置される 1/4
官吏非職条例制定される 1/4
賭博犯処分規則制定 1/4
井上哲次郎、三宅雪嶺らが哲学会を結成 1/26 黒田清輝、渡欧して法学を学ぶために横浜を出発。のち画家に転向 2/2
農商務省、塩業諮詢会を神戸で開催 2/5
海軍省軍務局を軍事部として改組 2/8
学齢未満の幼児の小学校入学を禁じ、幼稚園設立を奨励 2/15
大山巌、川上操六、桂太郎ら兵制視察のため渡欧に出発 2/16
品川硝子製造所を稲葉正邦、西村勝三へ貸下げる 2/21
第一国立銀行と朝鮮政府の間で、朝鮮開港場における海関税取扱に関する条約に調印 2/24
清水次郎長こと山本長五郎が賭博容疑で逮捕 2/25
フェノロサ、古美術絵画を鑑定する鑑画会を興す 2/
初代梅ヶ谷藤太郎に横綱免許が与えられる 2/

旧岡山藩主庭園「後楽園」が公開される 3/2
茶業組合規則制定 3/3
自由党大会が開催され、総理への専断決行権付与を決議 3/13
宮中に制度取調局が設置される。伊藤博文が長官に任命 3/17
海軍治罪法制定 3/21
東京下谷竹町の雀を吹き矢で射らせる見せ物小屋が禁止 3/23
質屋取締条例制定 3/25
東京大学予備門の学生が本郷弥生町の向ヶ丘貝塚から土器を発見。いわゆる弥生式土器 3/
鎮守府軍法会議条例を制定され、海軍裁判所は廃止 4/1
一世竹本長尾太夫死去 4/3
英国公使、条約改正に関し、新覚書を井上外務卿に手渡す 4/10
海底電信線保護万国連合条約と追加条約に加盟 4/12
静岡県相良、福岡、波津の巨大凧揚げ合戦で、紛争防止協定が結ばれ巨大凧揚げはなくなる 4/16
華族会館が経営している私立学校学習院が官立学校となる 4/17
神戸又新日報創刊 4/17
東京修身学社、日本講道会と改称 4/

皇室財産を臨時経費を除いて国家財政から切り離す 5/1
英国東洋銀行横浜支店、支払い停止となる 5/3
奈良正倉院を宮内庁に移管 5/6
戸長公選制を廃止し、府知事・県令が選任することになる 5/7
海軍監獄規則制定 5/8
大阪道頓堀の中座に舞台用照明としてアーク灯が取り付けられ、評判となる 5/9
自由党員湯浅理兵らが、農民を妙義山に集める 5/13
水戸大火。1200戸焼失 5/13
葵祭復活 5/15
湯浅理兵ら、警察署などを襲撃(群馬事件) 5/16
東京大学理学部に造船学科が設立される 5/17
租税・関税両局を廃止し、大蔵省に主税局、府県に主税長を設置 5/20
兌換銀行条例公布 5/26

東京の派出所に天気予報が掲示されはじめる 6/1
商標条例が定められる 6/7
東京数学会社、東京数学物理学会と改組 6/7
和解調停の勧解略則制定 6/24
フェノロサ、岡倉天心ととも関西を巡り、法隆寺夢殿を開扉して救世観音像を公開 6/26
三角測量業務を参謀本部へ移管する 6/26
長崎造船局が廃止されて郵便汽船三菱へ貸し下げられ、長崎造船所と改称 7/6
華族を5爵に定め制度化する華族令が制定される。公爵11人、侯爵24人、伯爵76人、子爵327人、男爵74人 7/7
群馬県中小坂鉱山を坂本弥八へ払下げを許可 7/14
横浜正金銀行の外国人為替取組手続きを定める 7/22
文部省に図画調査会設置 7/
東洋絵画会結成を決定 7/

自由党が文武研究所として有一館を会館 8/10
神仏教導職を廃止し、住職任免などを各管長へ委任 8/11
秋田小坂鉱山の払下げ許可が藤田組に下りる 8/19
森鴎外、ドイツ留学のため横浜を出発する 8/24
儒学者元田永孚、「国教論」を起草 8/

83年10月に発生したマーシャル・ラエ島の日本人虐殺事件の調査に二人を派遣 9/1
山際七司ら北陸自由党員、北陸7州共同連合会規則を定める 9/20
河野広躰ら自由党員16人が茨城県加波山に立て籠もり挙兵檄文をまいた後、下妻警察署町屋分署を襲撃する(加波山事件)9/23
加波山事件のメンバーと警官隊が衝突 9/24
夕刊の今日新聞が創刊。後の都新聞 9/25
加波山事件の14人が解散して逃亡するが、後全員逮捕 9/26
秩父地方の農村で、自由党員井上伝蔵に指導された秩父困民党が結成 9/

海軍艦隊編成例制定 10/1
古河市兵衛、本所鎔銅所を開業 10/1
東京大学走舸組が隅田川で競漕会を開催 10/17
東京薬舗学校を東京薬学校と改称 10/22
秩父困民党、埼玉県下吉田村粟野山会議で11月1日蜂起を決定 10/26
会計年度を改正し、86年以降は4月1日を決算日と決定 10/28
自由党、大阪大会で解党を決定 10/29
秩父風布村で農民が蜂起し、困民党蜂起の集結地吉田村へ向かう 10/31
名古屋の自由党員が蜂起し、資金調達のための強盗殺人容疑で逮捕される(名古屋事件) 10/
秩父困民党、一斉蜂起し吉田村に集結、小鹿野村の警察分署、高利貸しなどを襲撃 11/1
不忍池馬場で、第1回秋期競馬会開催 11/1
東洋英和学校設立 11/1
秩父困民党、秩父大宮郷へ進み、役所、警察、高利貸しなどを襲撃し、この日、秩父郡をほぼ制圧 11/2
秩父困民党の蜂起に対し、軍隊が出動、鎮圧に入る 11/4
朝鮮の改革派独立党金玉均・朴泳孝ら、日本公使館で島村書記官とクーデターについて協議 11/4
朝鮮政府と済物浦条約による壬午事変賠償金一部返還に関する日・朝往復文書を成立 11/9
秩父困民党は制圧される 11/11
竹添進一郎朝鮮駐在公使、清国勢力打破のため、甲案として親日派を擁して内乱を起こす、乙案として親日派保護にのみ努める、と言う提案を伊藤博文・井上馨へ提示 11/12
坪井正五郎、白井光太郎らが、人類学会設立 11/16
猿若座、浅草西鳥越町に移り、新築開場式を挙行 11/16
朝鮮問題対策乙案を採用 11/28
小学校の教科にはじめて英語が登場 11/29
同業組合準則を制定 11/29
築地訓盲院を訓盲亞院と拡大 11/

横浜正金銀行ロンドン支店開業 12/1
朝鮮王国の漢城で、金玉均ら改革派独立党がクーデターを敢行。武力で王宮を占領後、国王に日本軍の出動を強要し、守旧派閔泳穆らを殺害し、政権を掌握 12/4
朝鮮王国の閔妃らに要請された清国軍が漢城王宮を奪回。日本軍は撤収し、日本公使館なども放火され、独立党のクーデターは失敗に終わる 12/6
愛知県と長野県の自由党員らが、名古屋鎮台襲撃計画を立てていることが発覚し、村松愛蔵らが逮捕される(飯田事件) 12/6
司法省法学校正則科を文部省に移管し、東京法学校と改称する 12/12
立憲改進党の総理大隈重信と、副総理の河野敏鎌が離党 12/17
華族就学規則制定 12/20
院内鉱山、古河に払下げ許可 12/23
海軍省軍事部を廃止 12/25
大日本節酒会結成 12/25
判事登用規則が定められる 12/26
太政官布告第32号 明治17年太政官布告第32号(爆発物取締罰則) 12/27
往復ハガキの発行が始まる 12/27


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