昭和という時代へようこそ(戦前編)

昭和元年は、省略。サイドバーからは参照できます。
昭和2年〜昭和20年6月末まで
昭和2年前半百余りの地方鉄道軌道会社、鉄道省のアンケートに自動車の発達の影響で経営困難と回答すると新聞に
昭和2年後半東京鉄道局、人力車などの反対などでもめていた駅構内での円タク営業許可を決定
昭和3年前半C53型蒸気機関車誕生、日本唯一の3気筒機関車誕生
昭和3年後半 国産初の電気機関車EF52完成
昭和4年前半小川鉄相の指令で駅名の仮名遣いを復古調に変更。 鉄道公報で公表
例 東京(とうきょう)→(とうきゃう)
昭和4年後半総武本線、千葉〜佐倉間で43人乗りガソリン動車の試運転。蒸気列車では不経済な路線で使う予定
昭和5年前半収入減に悩む鉄道省がガソリン動車を登場させ、大垣〜美濃赤坂間で運転 キハ5000型
昭和5年後半京阪電気鉄道(初代) 新京阪鉄道株式会社を合併
昭和6年前半東海道線東京〜神戸間急行13・14・19・20列車に3等寝台車を連結(3等寝台車のはじめ)
昭和6年後半秋葉原駅に、初の客用エレベーター設置が決まる
昭和7年前半鉄道弘済会、設立最初の事業として駅構内売店の営業を開始。東京・上野両駅で10店舗が店開き
昭和7年後半阪神急行電鉄 演劇、映画の興行を主たる目的として、東京宝塚劇場(現在の東宝)を設立
昭和8年前半大阪地下鉄開業 大阪市営地下鉄 1号線 梅田仮〜心斎橋間(3.1km)開業
昭和8年後半中央東線 朝夕ラッシュ時に限り列車線を使用して御茶ノ水〜中野間で急行電車運行開始
昭和9年前半列車のスピードアップ・停車時間の短縮に伴い、12月1日から列車内での弁当販売を実施、と新聞に
昭和9年後半京阪電鉄新京阪線十三〜京都直通急行列車運転開始、十三で阪神急行電鉄と接続
昭和10年前半東京の省線電車の車内、禁煙となる
昭和10年後半特急「富士」寝台車1両にシャワーパスを設置、使用料1回30銭
昭和11年前半鉄道省、国鉄の十年度運輸収入総額は5億2127万7千円で過去最高と発表
昭和11年後半特急の食堂車に初めて冷房使用開始
昭和12年前半この年収入超過の国鉄では、全国的に駅の新築・改造を行う、と新聞に
昭和12年後半京都〜明石間に電車運転開始、大阪〜神戸間急行電車を京都始発とする
昭和13年前半稚泊航路運航時刻改正。夏季の夜間運航を廃止し、夏季・冬季とも昼間運航とする(ただし1船析返し時上り便を夜間運航)
昭和13年後半日本食堂株式会社設立(10月1日営業開始)
昭和14年前半鉄道省、東京発の「鳥羽行き参宮子供列車」を存続し、2月1日から3月10日まで実施と決定、と新聞に
昭和14年後半時刻改正。内地大陸往来旅客、軍需工場要員輸送のため急行列車、通勤列車の増発実施
昭和15年前半東京鉄道局、行楽旅行を抑制するため春の近距離列車を原則として廃止
昭和15年後半鉄道省、「支那事変3周年記念日」につき、列車内・船内・駅構内売店などで、酒・たばこ販売自粛
昭和16年前半戦時体制の強化の中、現業委員会は解散、産業報国会体制の一環として、国鉄奉公会が発足
昭和16年後半鉄道省、ガソリン節約のためガソリンカーの運転を削減、蒸気機関車での一部代替を実施
昭和17年前半関西急行電鉄他各種電鉄は電力統合政策により電気供給事業を関西配電(現在の関西電力)に譲渡
昭和17年後半陸上交通事業調整法により全国の私鉄が合併統合される
昭和18年前半東京〜下関間を約9時間で運転する、弾丸列車構想のコース決定と新聞報道
昭和18年後半急行料金改訂、特別急行を第1種、普通急行を第2種とする 距離による地帯区分を廃止
昭和19年前半決戦非常措置要網実施。1等車、寝台車、食堂車を全廃、急行列車削減、貨物列車増発。 第1種急行東京〜博多間1・2列車「富士」廃止(特急全廃)。
昭和19年後半東京鉄道局、疎開児童への冬物衣料追送取扱い開始、一人一個30kg以内
昭和20年前半田町電車区被災、(横須賀線電車は、電気機関車による牽引を実施、ラッシュ時30分、閑散時60分)
昭和20年後半中央本線419列車機銃掃射 死者52名・負傷者133名 トンネル付近で米軍機の機銃掃射を受けたもので、 国内最悪の列車銃撃事件

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